●ミニトレ その3
 休みに突入したある日、1983年7月10日(月)午後6時50分、ソレは起こった。

 加速度がマイナス2Mb/年2で悪くなるオレの記憶力をもってしても忘れていない、その理由は単に月曜夜7時に放映していた「Cat's Eye」というTVアニメの第1話が始まる10分程度前だろうという推測に他ならない。

 アニメはどうでもよいが、ともかくその時間、オレはSUMCの仲間Uとツルんで松本市の女鳥羽川沿いを走っていた。いつものようにバイクショップで時間を過ごした後、オレのアパートでTVを見ようまい(名古屋弁)と、ボチボチ薄暗くなりかける夏の夕暮れ、オレはミニトレにノーヘル、彼はH社のVF400で後ろを追走していたのだ。

 渋滞を避け本通りに出ようと、あるビルの駐車場をショートカットしようとし右折、ところが彼はこんな所で曲がるハズはないと思い、ウインカーを見落としたらしい。
次の瞬間、およそ37,500[J]の運動エネルギと共に、VF400のフロントタイアはオレの右の太股にめり込んだ。

 記憶はそこまで。

 次に意識を取り戻した時はこんな感じだ:
オレは眠くて仕方がないのに起こされようとしている、何だいU、オレはまだ眠いんだから起こすなよ、そうだついでに枕をくれないか・・・
 救急車が到着した頃、アタマをズル剥けにし顔からピューピュー噴水させながら、オレは彼の膝枕で深い眠りについていたそうだ、人ひとり殺した、と彼は思ったらしい。

 傍目には喘ぎ苦しんでいるように見えても、本人は眠りにつこうとしているだけなのだ。覚醒さえしていなければ、死の苦しみも恐怖する必要はないと思う。人間に限らずイキモノは、本当の苦痛を受けた時、脳内に麻薬のような物質が分泌されると聞いたコトがあるが、きっとそうなのかも知れないと今、思う。

 お決まりの急患タライ回しの後、再び目覚めると多くの知人たちが取り囲んでいる。どうやらオレはマズいコトをしでかしたらしい・・・
落ちては目覚め、また落ちる、こんな繰り返しの中、松本市A病院での初日、形成外科のセンセ達は朝の6時までオレの顔を縫ってくれたそうだ。計200針以上、顔がでかくて大変だったろうなあ。

 それから数ヶ月後だったか、原付にもヘルメット着用が義務づけられた。


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