
ボンビーな学生時代、クルマを手に入れるのはずっと先の話、雨が降ろうが雪が積もろうが、移動は単車で。RZ350を同級生に売却した大学1年('82)のシーズンオフ、足はミニトレだけだった。何はともあれ改造せねばと、エンジンをいじくり回した。潤滑も分離給油から混合に変更、オイルポンプがないだけで、スロットルはかなり軽くなるが、下り坂などでオーバーレブするとすぐに焼き付く。従って背中のデイパックには常にエンジンオイルを携帯。
ビイィーンと回るエンジンから キュィン という破滅の音がしたらすかさずクラッチを切る、でないと転倒する。
焼けてしまったら、しばらくカラカラと惰性で走り安全な場所に停車、セブンスターに火をつけ、エンジンが冷めるのを待つ。
オモムロに背中のバッグからオイルを取り出し、タンクにドボドボ入れてシェイク、ギアを2速に入れて押しがけをし、後は何事もなかったかの如く走り去る。
まさに言語道断問答無用日々是好日、若いって恐ろしい。松本から上田に向かうR254三才山峠、トンネルを超えるとそこは雪国だったなんてのもザラにある話。
思えば単車で千鳥足などハタ迷惑この上ないが、これも仕方ない。
峠の登りでは全く走らないため、大型車のスリップストリーム(<走召>低次元)に入る。冬場だったので、大型車の排ガスで暖をとる。クサいだ何だと言っては居られない。また実に暖かい、凍えは切実なのだ。ウイリーに開眼したのもこのクルマだった。悪友、もとい博友コジマにウイリーを披露しようとし、アパート前で思い切りリフトした。ら、勢い余ってバック転、ノーヘルだったため後頭部を強打、彼にキャッシュカードを渡し、暗証番号を教え、治療費を銀行へおろしに行ってもらったっけ。
#結局病院には行かなかったが・・・バカは死ななきゃ治らないと言うが、本当に死にそうになったのは翌年、'83年の7月10日だった。オレのバーチャル命日・・・