
RZ350は、今まで所有した中では唯一の車検付きバイク、つまり自動二輪。
・・・何のために限定解除したのか判らんが・・・ともかく事情により所有期間も1年未満、実に短いつき合いだった。欧州名RD350LC(Liquid Cooled)、その名のとおり、ヤマハ2ストのロードバイクとしては初の水冷エンジンを搭載した由。欧州では排気量でなく馬力によるカテゴリー分けだったので、バランス的に350だったのだろう。片山敬済がGPで初のチャンプをとったのも350クラスだったと記憶する。RDカップというワンメイクスレースもあり、その後のバイクシーンを変えたクルマだと思い込んでいるのだが・・・あくまで個人的には。ゴキゲンな単車だった。2速でのフロントリフトはハタチのオレには刺激が強く、思わずアソコが元気になったもんだ(大まじめ)。もう時効だろうから書くが、松本市在住だった当時の練習場は早朝のビーナスライン。よもぎこば林道というタイトなワインディングから本線に入り、料金所間を往復していた。走っていればシアワセだった頃。
2000キロ程でタイア交換していたが、リアにはTT-100を履いていた。フロントとのバランスのせいか、ヨーイングも激しかった。暴れるフロントを押さえつけながら、とにかく走る、ガスが尽きるまで・・・・
で、コレを手放した直後、「空冷の」RD400に乗っていた伝説の先輩タケダさんから譲り受けたミニトレ50で事故る。意識不明4日間、全治3か月の重傷(ガッコの単位取得の都合上、1月半で退院したが)。
オレは霊感、超常現象その他一切信じない人間だが、あの人は本当に黒魔術が使えるのかと信じた時期があったほど、印象の強い人だったっけ。