●DT その8
 野麦峠のふもと奈川村から、木曽の開田村へ抜ける林道があった。月夜沢と言ったか、最近どうなっているかは全く判らない。信州の林道も、1本1本、無くなって行く。寂しい気もするが、ある程度止むを得まい。
 いずれにしてもそちら方面、名もない林道の入口、これ以上クルマで進めない所で愛車を捨て、先輩と俺、そして松本在住の友人2名は峠に足を進めた。ゴールデンウィークの終盤、だが高地はまだ雪が残る。所々雪庇もあり、踏み抜けば谷が口を開ける。当然、ガードレールなど無い。

先輩はメットとグローブを持参、我々はロープや工具を持っている。要は先輩、BAJAを谷に落としたのだ。交通量が皆無に等しい場所なので、その日は数時間かけてふもとに降り、民家で電話を借り、家族に生存だけは伝えたらしい。

それなりにハードに走るなら、一人で行ってはいけない、必ず複数で。
コレはセオリーだ。まだ独身だった俺は、先輩に対し「あ〜あ、しょーがないナ」程度の感覚しか持たなかった。事実、学生の頃はラリーが盛んで、四輪を落として引き上げに行くというのもザラにある話だったし、それにこういう手伝いは、いわばお互い様なのだ。

2時間ほど峠を登り、「あった、あそこだ」と先輩。みごとに雪を踏み抜いている。数メートル下に受けているスペースがあり、そこにBAJAは引っかかっていた。運のいい先輩だ。聞けば夕暮れ時だったらしい。はっきり言えばオロカな行為だが、無論そんなセリフはクチには出さない。

早速メンテ。数日放っておいたにも拘わらず、シリンダーには殆どガスや水が流れ込んでいない、その他のパーツも生きている。ううむホンダ恐るべし。程なくエンジンも息を吹き返し、曲がったフロントサスも応急処置を済ませる。なんだい、俺の仕事はコレだったのね。

結婚した今、ふと思う。
無性に、一人で、誰も通らない道を走りたくなり
カブトムシを探し、森深く彷徨ったガキの頃を思いだしたり
旧い仲間に、急に逢いたくなる
ガキでも生まれたら、俺もそんな時があるのだろうか

ともかくそれ以降、その先輩がオフへ走りに行く事はなくなった。


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